両親とお茶漬けの記憶
子供の頃、夜中に起きると両親が食卓で話をしているところを見ることがあった。
トイレに行った帰りに、自分はその両親の姿を廊下からこっそり見ていた。
そんな思い出がある。
この情景を思い出すのは、いつでもお茶漬けを食べるときだ。
というのも、昔やっていたお茶漬けのCMが、全く同じシーンを使っていたから。
大人とお茶漬けというキーワードを結びつけた、画期的なCMだったのである。
子供が寝た後に、親がこっそりお茶漬けを食べている。
それがなんだか秘密の香りがして、子供が入ってはいけない世界なのだと思わせる、強烈なイメージだった。
だから、夜中に両親が起きて食卓にいるということが、自然とそのお茶漬けCMと重なっていた。
絶対に私はその部屋に入ってはいけなかった。
入ってしまったら、親の秘密を知った罰で怒られるのだと思っていた。
けれど、大人になってから親に話を聞くに、あれは夫婦のコミュニケーションだった、とのこと。
昼間は仕事と子育てで会話がないので、子供が寝た後に日々の業務連絡やら、その日にあったことを話し合っていたらしい。
考えてみれば、あのCMだって、夜中にお茶漬けを食べるというのは別に何のことはない。
きっと晩酌の後だったのか、旦那が飲んで帰ってきたのかで、〆のお茶漬けを食べていた、というだけのことだ。
こういう普通の日常の風景が、子供には理解できない。
お酒も飲めないから気持ちが分からないし、親の気持ちだって分からない。
だから、子供が寝た後の時間の両親は、子供が知らない「おとなのひと」というものに打って変わり、その時間はおとなだけの「秘密」なのである。
私は、結婚するということが、この「秘密」に踏み込めることなのだと思っていた。
少し楽しみにしていた。
けれども大人になった今、結婚せずとも私はその「秘密」の一端に足を踏み入れている。
酒を飲んだ後、人がお茶漬けを食べる理由を既に知ったからだ。