友人の結婚式について

友人の結婚式というのはいつ行っても良いものだ。
お祝儀というものについては、また別の話だが。
どんなにありきたりななれそめスライドや、泣かせると分かっている両親への手紙でも絶対に泣く。

結婚式というものは、最高のシンパシーの場だ。
誰もが、新郎新婦やその親の感動を共有し、自分のことのように感動する。
それは何故なのだろうかと考えてみる。
結婚式や披露宴を見ていると、彼や彼女たちが歩んできた人生の一端をのぞかせてもらっているような気がする。
大抵、自分が関わっているのはそのほんの一部であって、彼らの全てを知っているわけではない。
高校時代は知っていても、大学時代や会社に行っている姿は知らないとか、そんな類だ。
だから、集まった友人たちとの関係を見ていると、知らなかった一面を知る。
自分の知らなかった友人の顔を知るのだ。
それは嬉しくもあり、ほんの少し切ないことでもある。
誰の人生でもそうなのだが、過ごしてきた時間と言うのは一瞬一瞬流れていった、あくまで一過性のものなのだ。
ずっと一緒にいることはできない。
自分達が一緒過ごした時期もその一部にすぎない。
彼らはこれからもどんどん新しい出会いをしていくだろう。
そうして、その瞬間もまた新たに更新されていく。
その過程を目の当たりするような、今までの友人たちが一同に会す結婚式。
まるで、親が巣立っていく子供を見るような。
私は毎回取り残されたような気分になる。
華々しい門出は、それから先、今まで知っていたその人の不在を意味する。
これが、通過儀礼というものだろう。
新郎新婦にとっても、その友人や家族にとっても、今までの生活が一旦終わり、新しい生活に入るという節目でもある。
それは、会場にいるすべての人にとって関わりのあることで、だから強いシンパシーを感じる。
寂しいけれど、それでもやっぱり嬉しい。
私にとっての友人の結婚式とは、そういうものだ。

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